仕事がうまく出来ないのは努力不足か?自己責任か?間抜けなのか?

こんにちは薬剤師の赤羽です。仕事が上手くできないのは何故なのか考えてみたいと思います。どうも仕事がうまくいかない。決断や判断ができない。なんてことを思うことはありますか?部下を持つ人なら、なんでこの程度のことができないのか?と思うことはありますか?それは自分や部下、同僚が間抜けだからなのでしょうか?努力が足りないからでしょうか?

仕事ができないのは社会のせい

仕事ができない人がいるのは環境のせいです。職場環境が悪いから力が発揮できません。職場環境が悪いのは社会が悪いからです。決して、個人の力不足や努力不足、能力不足のせいではありません。職場環境が悪いのは社長が悪いからではありません。意地悪な上司のせいでもありません。自分のことしか考えない無能な部下のせいでもありません。社会が悪いからです。社会が悪いのは総理大臣のせいでも、どこかの金持ちや、世界を裏で支配している秘密組織のせいでもありません。誰か悪い人を探そうとする思考回路が仕事ができない人を作り出しているのです。

教育で作られる無能人

現代の学校教育は無能人間製造装置です。何故なら、先生が生徒を理不尽に支配しているからです。つまらない授業にも関わらず生徒を机に縛り付けています。これが非常に良くない身体反射を作り出します。生徒たちは理不尽な命令に対して「思考停止」で対応します。本来であれば、子供たちはつまらない授業だったら、逃げるか、暴動を起こすはずです。しかし、社会からそれを押さえつけられ「死んだふり」をして耐え忍ぶのです。

家庭で作られる無能人

家庭でも無能人は作られます。なんの意味があるかわからない塾、習い事、宿題を強制されています。親に逆らうことはできず、従順に従うしかありません。「あなたのためよ」と言われながら本当は母親のエゴのために勉強します。もはや、抵抗することができないため「死んだふり」で対応するしかありません。この場合の死んだふりとは自分の意思を捨てて、母親の意思に従うことです

死んだふりで対応しないと生き残れない社会

子供達は学校でも家庭でも生き残りをかけて必死に「死んだふり」をしています。大人になっても死んだふりを続けています。必死に自分を殺して勉強し、テストで良い点を取れるようになる人もいます。しかし、どんなに勉強ができても仕事ができるとは限りません。何故なら仕事は「死んだふり」で乗り切ることができない場合があるからです。大人になってからでも、子供の時に養った「死んだふり」で乗り切る身体反射はそう簡単に修正することはできません。みんな死んだふりで対応する反射に苦しめられているのです。好きで死んだふりをしている訳ではありません。意思とは無関係にしてしまうのです。

生き生きとみんなが働くことができる社会とは

自己責任、努力不足、無能などということを誰が誰に対しても思わなくなる社会が実現した時、死んだふりの反射は必要なくなり、無能な人はどこにもいなくなります。もともと無能な人なんて、一人もいないのです。

参考文献

ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」